ホワイトラン衛兵の日誌
収穫の月の18日朝から雨が降っている。
雪の多いスカイリム地方にあっても、ホワイトランでは蒸し暑い季節。
革製の鎧や腕当てが肌に張り付いて気持ち良いものではない。
昨日、ヘルゲンでは悪辣な反逆者であるウルフリック・ストームクロークの処刑を行おうとした途端にドラゴンと思しき巨大な生物に襲われたと聞いた。
ヘルゲンはドラゴンの炎で炎上・倒壊し、帝国軍はこの砦を放棄したらしい。
ドラゴンなんて伝説上の生物だと思い込んでいた我々ノルドにとっては、このニュースは衝撃的だった。
かつてスゥームで上級王を八つ裂きにしたと言われるウルフリックがドラゴンを呼んだとの噂も流れており、ストームクローク陣営では伝説の英雄ドラゴンボーンこそウルフリックその人だ!と吹聴する者まで出てきているという。
冗談じゃない!そんなことになったらますます帝国の立場は危うくなってしまう。
そもそもドラゴンボーンなんておとぎ話の中の眉唾ものだ。いたとしても世捨て人のグレイビアードに毛が生えた程度だろう。
そんな中、今朝未明にヘルゲンから逃げ延びてきたというカジートの青年が首長に謁見を求めてきたらしい。
青年の只ならぬ様子を感じ取った衛兵長が詰所で聞き取りをして、城内の警備を取り仕切ってるイリレス指揮官に報告したところ、首長は即座に青年と招き入れたそうだ。
さすがにバルグルーフ様は度量が違う。ウルフリックならきっと追い返していたところだろう。
昼過ぎ、青年はいったんリバーウッドに引き返した。
ちょうど砦の門番をしていたので彼の姿を見ることができたが、たまに馬屋傍で露店を開くキャラバンのカジートとは少し違う印象を受けた。
カジートと言えばトカゲの連中と同じく商売人で、どこで集めてきたのか分からない商品をテントに並べているような薄汚い連中だ。
だが、その青年はカジートでありながら、眼の奥にカジートにはない迫力のようなものが見えた。
ノルドのような力強さでも、サルモールのような冷徹さでも、アルゴニアンのような狡猾さでもない、初めて感じたものだった。
雨は夜まで降り続いたが、おかげでヘルゲンの火も収まっていることだろう。
日が落ちてしばらくして、例の青年が戻ってきたらしい。
今度は城内まで問題なく通されたことから、首長や側近たちの信用は勝ち得たものと思われる。
それが彼の不思議な雰囲気によるものなのか、あるいは彼らの依頼に応えたからかは私には分からない。
程なくして、衛兵長から臨時の招集がかかった。
西の塔の衛兵から、ドラゴンらしき影を見たとの報告があり、イリレス指揮官自ら陣頭に立って西の塔の視察にあたるとのことだ。
ホワイトランで唯一、ドラゴンを見た者として、例の青年も同行している。
ところが、昼に見た時のような迫力は露と失せており、とても狼狽しているように見えた。
異国の地で突然こんな大騒ぎに巻き込まれているのだから、仕方のない事だろう。
たいまつの火がホワイトランから西の塔までを煌々と照らす中、果たしてドラゴンは現れてしまった。
ブリークウィンド水源に住み着いている巨人やマンモスより遥かに巨大な生物の飛来に、我々はとても驚いた。
イリレス指揮官は勇敢にも最初の一矢を放ち、怖気づく我々を鼓舞していた。
やがて我々も勇気を奮い立たせてドラゴンに矢の雨を浴びせたが、西の塔自体は落下するドラゴンの突撃によって半壊してしまった。
それでもドラゴンは追い詰められ、そして息絶えた。
ドラゴンの死体を前に、生き残った我々は口々に「信じられない…」と声を上げた。
既に叫び続けていたせいで皆の声は枯れてしわがれて老人の集まりのようだった。
塔の上から矢を放っていた例の青年は無事だろうか。
塔の入口を見ると、リバーウッドから連れてきたらしいエルフの射手の肩を借りてちょうど出てくるところだった。
怪我はないようだが、急に安堵したせいで腰が抜けたようだ。
よろめきながらドラゴンの死体に近づくにつれ、さらに信じられないことが起きた。
ドラゴンの死体が不思議な光に包まれたかと思うと、強靭な鱗に包まれた肉体が一気に白骨化してしまったのだ。
そればかりか、その不思議な光の塊は青年の体を包みこんだのだ。
ドラゴンの魂を喰らい、滅する者。まるで伝説のドラゴンボーンじゃないか!
私は彼に、スゥームの力を使えるのではないか?と思い切って聞いてみた。
はじめは何のことだか分かっていなかった様子だが、何やら心当たりがあったらしく、空に向かって叫び声を放った。
ドラゴンの叫び声によく似た言葉のそれは、まさしくスゥームのようだった。
「ドラゴンボーンだ…」
私は思わずつぶやき、皆がそれに倣った。
雨はますます強くなっていたが、そんなことも忘れてドラゴンボーンの出現にただ戸惑っていた。
ドラゴンが蘇るときに現れ、この世を救うと言われるドラゴンボーンは、果たして本当に彼なのだろうか。
だが、私はしがない衛兵だ。
同胞団のように戦いに明け暮れるわけでも、ステンダールの番人のようにデイドラを狩るわけでもない。
このホワイトランの人々が平穏に暮らせるよう、ただただ守る、それだけだ。